文玩核桃の経年変化と包漿について考える
文玩核桃は手の中の物理&科学の融合?
科学と題名をうったがゴリゴリの文系の為全く科学的な視点で物事を語れない素人の戯言だと思ってまず言い訳をしてからこの記事の作成に入る。
胡桃が手元に届いたのが7月30日であり早8日。
携帯袋でいつでも触れるようにしてると少しずつ色が飴色になり美しい艶になってきた。
さて、文玩核桃を愛用してると疑問に思うのがなぜ色が濃くなりテカテカになり独特な風合いになるのかということ。
触ることで手汗や脂を胡桃の目に見えないミクロな傷に染み込み
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回すことで胡桃がぶつかり生じた傷と摩擦により熱ができ染み込んだ脂が更に染み込む
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脂や汗がタンニンと反応して酸化
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ケアのブラッシングや回したり握ったりことで熱が生じて酸化が若干加速する
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ケアや休ませること含める過程でコーティングされる
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ピカピカの玉化
とざっとこんな感じで少しずつエイジングの過程がされていく。
特に意識はしなければエイジングしたんだで終わるところ好奇心を持てば文玩核桃も科学や物理であると捉えることができる。
科学や物理や数学といったものに苦手意識があるがちょっとした意味づけで興味の幅が広がりそれを浅くでも掘ってみて理解できる部分を追求してここだと思う部分を深堀してくことは大切な姿勢だと文玩核桃で学んだことだ。
包漿とバブアーと革財布の共通点
包漿とは、骨董品や文玩の表面に長年の使用や手入れによって自然に形成される「透明感のある油脂・酸化被膜(ツヤの層)」のことである。
この艶が文玩核桃の経年変化の醍醐味であるが上記の経年変化のメカニズムを考えると見出しの革製品とバブアーの共通点が見える。
革財布の場合
例えば革の製造工程で植物のタンニンを皮に染み込ませて腐食を防ぐという工程があるが胡桃の場合はタンニンが含まれている。
ヌメ革と胡桃は新品時はベージュ色だが使い込むことで色が濃く変化していくという共通点がある。
また革財布は日常的に使い1日に数回でもいいから全体を撫でてあげることがオイルの補給になり長期的に使用できるようになるが胡桃の場合も定期的に触ってやることが乾燥してひび割れ防止にもなるしで通ずることがある。
バブアー ???
バブアーと包漿の共通点があると思ってる。
リプルーフをすると表地にコーティングがされる
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コーティングされることで蒸れて汗をかき裏地を貫通して表地に到達
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表地とリプルーフのオイルが微量ながら混じりあう
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オイルを重ね塗り→着用による摩擦や生地のテンションと大気中の土埃や成分、酸化によって独特な風合いに
といった具合に結果的に人間が触れる限りは何かしらの変化はあるのです。
バブアーに関してはオイルが抜けていくことがあるので定期的にリプルーフをすることは必須ですが、見えない埃や大気中の成分を洗濯などで洗い流さずに地層のように塗り重ねていった場合どのような結末になるかは未だ未知数だ。
共通点としてはオイル(手汗や脂)が生地に補充されてオイルコーティングによって耐久性が上がるということである。
バブアーに関しては塗り重ねによってもしかしたら汚れによって生地が弱まって耐久性が落ちるリスクも考えられるがもしかしたら逆にオイルをガッチガチに入れ込んでたら逆に汚れ同士が強固に結びついて破れにくくなる可能性もありえる。
まぁ何が言いたいかというとオイルを汚れこみで塗り重ねていけば包漿(使い込むことで艶がでる)されるという共通点があると自分は考えている。
文玩核桃は季節ごとに育ち方が違う?夏は育つ
7月末に買ってたった8日で色が濃くなってきた.

理由は暇がある時は回してたというのもあるが単純に夏,酷暑の影響は確実にある。
例えばデニムでも夏に履く方が汗を大量にかくし何より強力な紫外線が時間はかかるがインディゴの酸化をすすめてくれて洗濯回数を制限すれば黄ばんだエイジングをみせてくれるから通づる部分はある。
※過去の名作ウェアハウスの酸化デニムの経年変化を調べてもらうとわかりやすいかもしれません。ヴィンテージっぽくリアルワークで育った感じがかっこいい。
夏にこそ胡桃を回して手の脂や汗が染み込みやすいことを考えると季節によって育ち方が違うかもしれない。
思考実験的には
- 夏秋は汗で育ちやすい
- 冬は手汗がでにくいが汗をかくことが減るが手汗の質に変化ある?
- 春、黄砂と花粉がまわすことで組み込まれる
結果的に文玩核桃の趣味は手を洗ってできるだけ清潔な状態で回すとはいえやっぱ汚い趣味ではある。
上記の思考実験でポジティブな解釈をすると夏はサラサラした汗(環境による。汗をかかない人はドロドロ汗)によって大量にかくが玉化することを考えるとサラサラすぎてしにくい。
しかし冬になるとほとんどの人は行動範囲の低下で粘度が高い汗をかきだす。
粘度の高い脂を染み込ませるとオイルコーティング化がすすんで包漿…玉化するだろう。
春の黄砂と花粉に関しては目に見えない部分の変化でありブラッシングをすればある程度は防げるだろうが完全に防ぐことができないだろう。
その場合じわじわと混じり込んでいって玉化した際の光の反射の具合がものすごく小さいが影響を与える可能性もあるだろう。
まぁそこまで気にしすぎる必要もないし例え自分の納得してない経年変化をしようが共に歩んできた歴史があるから捨てるなんてことはしないしそれを込みで愛するのが文玩核桃という趣味だと私は思っている。
少し考察→環境によって変わる包漿
その人の暮らしぶりによって手の脂の成分や濃さが違ったり清潔な手で触るかまたはケアの頻度など色んな要因で包漿によって作り出されるものは変わるだろう。
そこで個人的に気になるのが3つのパターンの包漿がある
砂
目の細かい砂を触ってから手脂こみで塗り込んだらどのような経年変化がするだろうか。
脂が含まれて酸化した状態&摩擦で擦り続けるとイメージ的には砂団子になるイメージがあるがまたそれとは違った雰囲気にはなりそうだと思われる。
砂鉄や鉄粉
砂鉄や鉄の粉塵を回し続けるとどうなるのだろうか。
うまく回していけばピカピカの鉄球(健身球)みたいになるのかが気になる。
さいごに
経年変化の世界は奥深くその中でも革製品、オイルドジャケット、金属の変色を好むなど色んな界隈があるものです。
しかしアパレル物を売る業界が一生物と呼ぶものにはマーケティング的な意味合いで言っており本当に一生物かを判断するにはSNSが普及してまだ20~30年程度であり信ぴょう性がない。
特にアパレルスタッフや我々ブロガーやインフルエンサーの一生物という言葉ほどペラい言葉はないだろう。
だってほとんどが20代〜40代であり一生物を語るにしても生きた年数短いしそもそも『着込んだ』と大見えきってるのにその人物のクローゼットには溢れるほどあるのに説得力ないじゃないかと側からみて思うのだ。
しかし文玩核桃に関してはマジでマジで今の所一生物になる可能性があると思っている。
上記の物理・科学的なことが手のひらの中で転がされて起こり時間をかけて包漿(オイルコーティング)されることでどんどん変化していく。
最終的にはアクシデントで失くす以外は自分が飽きるかどうかの戦いになってくると思うのだ。
経年変化好きが本当に心の底から愛してる私の今の考えとして経年変化好きの最終地点が文玩核桃になってくると思っている。
エイジング好きの皆んなも楽しみつつ一生をかけて作品作りをして経年変化沼にハマるのは如何だろうか?

